私には7歳の長男と3歳の次男がいます。
日々の中でよくあるのが、兄弟ゲンカです。
おもちゃの取り合いだったり、遊び方の違いだったり、ちょっとした一言だったり。
毎日のように何かしらぶつかる場面があります。
そんな時、親としていつも少し迷います。
見守った方がいいのか。
それとも介入した方がいいのか。
今回はこの「見守るか介入するか」というテーマについて、最近自分の中で考えたことを書いてみたいと思います。
1.矛盾・違和感の発見
子ども同士がケンカをしていると、親としてすぐ止めたくなることがあります。
このままエスカレートしたらどうしよう。
どちらかが泣いたらかわいそう。
親が入った方が早く収まるかもしれない。
一方で、子ども同士でやり取りする経験も大事なのではないか、とも思います。
そう考えると、ここには
- 見守る
- 介入する
という、どちらも大事そうな考え方があります。
でも実際には、その場になると迷います。
見守りすぎてもよくない気がするし、かといってすぐ介入しすぎても、
子どもたち自身で学ぶ機会を奪ってしまうかもしれない。
このあたりに、今回のテーマの矛盾があるように感じました。
2.思考の再構築
今回まず変えてみたのは、兄弟ゲンカそのものの見方です。
以前はどこかでケンカは起きない方がいいものとして見ていた気がします。
でも、兄弟がいて、年齢差もあって、気持ちの伝え方もまだ発展途上であれば、ケンカはある意味自然なことでもあります。そう考えると兄弟ゲンカは
「問題」というより、
「起こること、事前に防げないことを前提にして、その後どう関わるかを考える出来事」
として見た方がしっくりきました。
この前提に立つと、少し気持ちが変わります。
さらに大きかったのは、
「変わるのは子どもではなく、自分の関わり方」なのではないか
と思えたことです。
子どものケンカそのものをゼロにすることはできません。
でも親としてどう見るか、どこで入るか、どう言葉をかけるかは変えられます。
そう考えると、問いは
見守るか、介入するか
だけではなく、
親としてどう関わるか
に変わっていきました。
3.更新
ここまで考えてみて、今の自分の中ではこんなふうに整理されています。
まず
見守ることは放置ではないと思っています。
ただ何もしないことではなく、子どもたちの様子を見ながら、
必要な時には入れるようにしておくこと。これも一つの関わり方です。
そして
介入することも、ただ止めるだけではない
と思っています。
危険がある時、たとえばケガにつながりそうな時には、親がしっかり介入する。
そこは迷わずに入っていいと思っています。
ただ、それだけで終わりではなくて、その後が大切だとも感じています。
ケンカの後に、
- 何があったのか(事実)
- どんな気持ちだったのか、本当はどうしたかったのか(感情)
- 親としてはどうしてほしいのか(親の期待)
- 次はどうしたいのか(子供の期待)
を一緒に整理すること。
これが、親としての大事な関わり方なのかもしれません。
子どもたちにとっても、ただ「ダメ」と言われて終わるより、自分の気持ちや出来事を言葉にして整理する経験の方が、少しずつ次につながっていくのではないかと思います。
今回このテーマを考えてみて感じたのは、
どちらか一方を選ぶのではなく、前提を変えることで見え方が変わる
ということでした。
見守るか介入するか、ではなく、
どう見守るか、どう介入するか、そしてその後どう整理するか。
そう考えると、自分の中でも少し落ち着いてこのテーマを見られるようになった気がします。
子育てでは、正解がひとつに決まらないことがたくさんあります。
だからこそ、起きた出来事をただ問題として片づけるのではなく、
自分の関わり方を見直すきっかけとして捉えていきたいと思います。
この文章が、みなさんにとって少しでも気づきやヒントになれば嬉しいです。